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奈良地方裁判所 平成2年(行ウ)5号 判決

奈良県五条市三在町五九二番地

原告

辻本英一

右訴訟代理人弁護士

高藤敏秋

奈良県大和高田市西町一番一五号

被告

葛城税務署長 田辺浩三

右指定代理人

山口芳子

的場秀彦

前川典和

西川裕

戸田敏久

池上佳秀

平意達雄

山田弘一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

被告が、原告に対し、平成元年二月二二日付けで原告の所得税についてした昭和六〇年分、昭和六一年分の各更正及び同年五月三一日付けでした昭和六二年分の増額再更正並びに平成元年二月二二日付けでした右各年分の各過少申告加算税賦課決定のうち所得金額が次の各金額を超える部分をいずれも取り消す。

1  昭和六〇年分 所得金額 五五〇万六四六四円

2  昭和六一年分 所得金額 一〇一七万六一四二円

3  昭和六二年分 所得金額 四八八万〇九九六円

第二事案の概要

本件は、被告が原告の昭和六〇年分ないし昭和六二年分(以下「本件各係争年分」という)の所得金額を原告の提示した帳簿書類では把握することができないとして原告の売上金額を反面調査によって把握し、推計によって右各係争年分の所得金額を算出して更正(再更正)及び過少申告加算税賦課決定を行ったところ、原告が推計の必要性及び合理性がないとしてその取消しを求めた事案である。

一  本件課税の経緯(この事実は当事者間に争いがない)

1  原告は、奈良県五条市三在町五九一番地でプラスチック成型加工業を営むいわゆる白色申告者である。なお、原告は昭和六三年一月に株式会社を設立して法人成りをした。

2  本件課税の経緯は、別表1「課税の経緯」のとおりであり、被告は平成元年二月二二日付けで本件各係争年分の所得につき、次の各更正及び各過少申告加算税賦課決定をした。

(一) 昭和六〇年分 所得金額 一五九一万二九八六円

納付すべき税額 三八四万一八〇〇円

過少申告加算税額 三三万〇〇〇〇円

(二) 昭和六一年分 所得金額 一五九二万七九〇七円

納付すべき税額 三八四万四五〇〇円

過少申告加算税額 三三万二〇〇〇円

(三) 昭和六二年分 所得金額 一一一九万〇八五〇円

納付すべき税額 一七七万七六〇〇円

過少申告加算税額 二〇万九〇〇〇円

さらに、被告は、同年五月三一日付けで原告の昭和六二年分につき納付すべき税額を一八一万六八〇〇円と変更する増額再更正をした。

なお、右の各納付すべき税額の計算は別表2のとおりであり、各過少申告加算税額の計算は別表3のとおりである。

二  争点

被告は、次のとおり、本件各係争年分につき推計課税の必要性及び合理性が認められるから、本件各更正、再更正、各過少申告加算税賦課決定は適法であるとしていると主張しているのに対し、原告はそのいずれも争っている。したがって、本件の争点は、〈1〉推計課税の必要性が認められるか否か、〈2〉推計課税の合理性が認められるか否かの点である。

なお、原告は、本件各係争年分の実額が別表4のとおりであると主張しているが、原告は本訴において右事実を裏付ける帳簿書類を何ら提出しておらず、右の原告の主張は認められない。

1  推計の必要性

(一) 被告の主張

原告から提出を受けた原告自身が作成した本件各係争年分の損益計算書と題する書類(以下「集計表」という)、本件各係争年分の領収書綴りのみでは原告の本件各係争年分の収益及び経費を算定するのは不可能であった。そこで、被告の調査官が昭和六三年一二月一六日、電話で原告に対し、集計表の金額及び建物、機械等の取得価格が確認できる書類、内職の支払先とその内訳の分かる書類の提示を要請し、平成元年二月三日、更に、原告方を訪問し、右集計表及び領収書綴りでは原告の所得金額の確認ができないことを説明して、所得金額が把握できる原始帳簿の提出を原告に求めた。しかし、原告は、全く提出に応じようとはしなかった。そこで、このような状況のもとでは実額によって原告の本件各係争年分の所得金額を把握することは到底不可能であったため、被告は、やむなく推計課税によって原告の本件各係争年分の所得金額を算出して本件各更正、再更正、各過少申告加算税賦課決定を行ったものであるから、推計の必要性があったものというべきである。

(二) 原告の反論

原告は、被告の調査官の資料提出の求めに応じて、現金出納帳は作成していないためその提出ができなかったものの、収支内訳書、領収書、売上帳、仕入帳、経費帳等を提出しており、被告は、これらの書類で原告の所得金額を確認することは可能であった。したがって、推計の必要性は認められない。

2  推計の合理性

(一) 同業者比率法による推計(主位的主張)

(1) 被告の主張

原告の本件各係争年分の所得金額及びその計算過程は、次のとおりである。

ア 売上金額

別表5「売上金額明細表」のとおりであり、その合計額は次のとおりである。

昭和六〇年分 二億四四八九万〇八五二円

昭和六一年分 二億七一二一万二二〇二円

昭和六二年分 二億一六一八万七三一八円

イ 平均算出所得率

a 後記bのとおりの方法で抽出した各同業者の本件各係争年分の売上金額に対する売上金額から一般経費(必要経費から特別経費である利子割引料、地代家賃、貸倒金、建物減価償却費、税理士報酬、減価償却資産の除去損及び主として記帳事務に従事している青色事業者給与を除いた経費)を控除した金額の割合(算出所得率)の平均値である。

平均所得率の算出過程は別表6「同業者の算出所得率一覧表」記載のとおりであり、平均算出所得率は次のとおりとなる。

昭和六〇年 七・一三パーセント

昭和六一年 六・八九パーセント

昭和六二年 六・八五パーセント

b 別表6に記載された五つの業者は、〈1〉材料を仕入れて、射出成型を所有してプラスチック成型加工業のみを営んでおり、〈2〉原告の近隣(奈良、葛城、桜井、吉野、粉河、堺、富田林、東大阪及び八尾税務署管内)に事業所を有し、〈3〉その売上金額が原告のほぼ〇・五倍から二倍以内である青色申告の個人納税業者を無作為かつ機械的に抽出したものである。したがって、右業者は、その業種、業態及び事業規模等において類似性を有し、しかも、その数値は申告について正確性を有する青色申告者に係るものであるから、本件平均算出所得率は、推計課税の基礎となし得る合理性を有する。

ウ 特別経費

a 利子割引料(この事実については当事者間で争いがない)

昭和六〇年分 五〇万二一〇五円

昭和六一年分 三二万二三〇九円

昭和六二年分 四万八〇四〇円

b 建物減価償却費(この事実については当事者間で争いがない)

昭和六〇年分ないし昭和六二年分 各一〇万三五〇〇円

c 右合計額

昭和六〇年分 六〇万五六〇五円

昭和六一年分 五三万五八〇九円

昭和六二年分 一五万一五四〇円

エ 所得金額

売上金額に平均算出所得率を乗じた額から特別経費の額を控除して算出した数値であり、その計算過程は別表7「原告の事業所得の金額の計算」記載のとおりであり、所得金額は次のとおりとなる。

昭和六〇年分 一六八五万五一一二円

昭和六一年分 一八二六万〇七一一円

昭和六二年分 一四六五万七二九一円

右金額はいずれも本件各更正及び再更正における所得金額を上回っているから、本件各更正、再更正及び各過少申告加算税賦課決定はいずれも適法である。

(2) 原告の認否及び反論

ア 売上金額について

推計の基礎となった本件各係争年分の売上金額は、別表8「売上金額明細表」のとおり被告主張額より少ない金額であるから、本件推計には合理性がない。

a 紀伊産業株式会社、株式会社丸産及び淀川産業株式会社に対する売上については被告主張額のとおりであるが、近畿化学工業株式会社及び株式会社富士商会については別表8のとおりで、被告主張額より少ない金額である。

b 阪本圭司(以下「阪本」という)及び福塚和良(以下「福塚」という)は原告の外注先であり、原告とは材料の供給を受け、製品化して加工賃を受け取るという関係にあったが、形式上は、原告は仕入れた材料を原価のまま両名に販売し、右販売原価に加工賃を加えたものを仕入れとしていたものであり、利益を生み出す取引形態ではない。したがって、坂本及び福塚との取引は推計の基礎となる売上金額には含まれない性質のものである。

イ 同業者の算出について

別表6の番号5記載「東大阪B」の算出所得率が、対象三年とも他の同業者に比較して著しく高率であり、その偏差が甚だしく、この業者を除外して算出すべきであり、本件推計には合理性がない。

ウ 特別経費

被告の主張額以外に、原告は射出成型機四台、簡易ロボット(取出機)三台、コンプレッサー、ベルトコンベア、トラック等を所有しており、別表4「請求人主張額」の減価償却費欄記載のとおりの減価償却費が認められるべきである。

(二) 資産負債増減法による推計(予備的主張)

(1) 被告の主張

原告の本件各係争年分の資産負債増減法〔期末純資産額(期末資産額-期末負債額)-期首純資産額(期首資産額-期首負債額)+調整項目加算額-調整項目減算額=所得金額〕により、原告の所得を算出すると、その計算過程は別表9のとおりとなり、本件各係争年分の原告の所得金額は次のとおりとなる。

昭和六〇年分 二九三四万九一九六円

昭和六一年分 三三八九万〇二三五円

昭和六二年分 二一三四万二五一七円

(2) 原告の反論

被告の右予備的主張は争う。

被告の右予備的主張は時期に遅れた攻撃防御方法(民事訴訟法一三九条)に該当する。

第三争点に対する判断

一  推計の必要性について

1  昭和六三年一二月八日、笈田調査官と伊藤調査官が原告を訪問した際、原告は、原告の本件各係争年分の所得の集計表を提出し、また、同月一四日、葛城民主商工会事務局長の藤田八十八を通じて、原告の本件各係争年分の領収書を提出した(証人伊藤公俊、原告本人、弁論の全趣旨)。

被告は、原告の提出した書類では原告の所得金額を確認できなかった旨を主張しているのに対し、原告は、収支内訳帳、売上帳、仕入帳、経費帳等を提出しているから原告の所得金額を確認することは可能であったと主張しているのでこの点について検討する。

甲一(裁決書)、一六の1及び2(預かり証)によれば、原告は、異議申立て及び審査請求において、売上帳、仕入帳、元帳と題する経費帳、償却資産帳、外注工賃帳、内職工賃支払帳、給与台帳、請求書綴り、領収書綴り、伝票綴り等を提出したが、売上帳、仕入帳等と領収書、請求書等との金額が合致しないものがある等書類に不備があるとの理由で所得金額が確認できないとされており(甲一(裁決書)の六ないし八頁)、本訴においても、原告は所得の実額を主張しながら何らその根拠となる帳簿書類を提示していない。したがって、仮に、原告が審査請求段階で提出した書類を調査段階で提出していたとしても、原告の所得金額を実額で把握することは不可能であったものと認められる。

以上のとおり原告の所得金額の確認をすることはできないから、本件推計の必要性は認められる。

二  推計の合理性について

1  売上金額

(一) 近畿化学工業株式会社及び株式会社富士商会との取引について

乙一九の1ないし3及び二〇の1ないし6によれば、原告は、本件各係争年において、右両社に対し、被告の主張額のとおりの売上があったものと認められる。

原告は、売上及び仕入れの集計表(甲三の1ないし3)を提出し、別表4のとおり被告主張額より少ない金額を主張しているが、右集計の基礎となった書類を証拠として提出しておらず、右集計表の金額のとおりであるか否かを確認することはできないから、原告の主張は採用できない。

(二) 福塚及び阪本に対する売上について

括弧内に掲記した証拠、証人福塚和良、同阪本圭司及び原告の各供述並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 福塚及び阪本との取引形態について

福塚及び阪本との取引は、原告からの月の注文に応じて、原告から材料を受け取り、加工及び組立をして納入するというものであるが、原告は、当該月ごとに原材料の受渡しにつき両名に渡した材料の明細とその金額及び返品を受けた材料の明細と金額を請求書に記載して(甲一五の1、2、一七の1、乙二一の1ないし3、二二の1ないし3)、外注工賃費の帳簿に売上として転記し(甲五の1ないし3)、両名から受け取った注文品の明細と原材料費と加工賃を含めた金額(甲一五の3、一七の2、一八の1、一九の2、)と組立費(甲一五の4)をそれぞれ請求書に記載し、右原材料費及び加工賃を加えた金額と組立費から原告が受渡した原材料を控除した金額を手形及び小切手で支払っており(甲四の1ないし3、乙二一の1ないし3、二二の1ないし3、乙二五の1、2、二六の1ないし3)、その際、納入した注文品の原材料の二パーセントを損失分として原告が負担するとしていた。

右の事実からすると、原告と右両名との外注の法律上の形態は、材料を一旦外注先に売却した上改めて材料付きの価格で買い取り、差額を相殺して支払うといういわゆる「材料有償支給」という請負契約であるというべきである。

そして、被告主張額のとおりに、両名に対し、材料の有償支給がされたことが認められる(乙二一の1ないし3、二二の1ないし3)。

(2) 福塚及び阪本に対する有償支給額を推計の基礎たる収入に算入することの可否

弁論の全趣旨によれば、外注先に原材料を無償で支給する場合に比較して、有償の場合は、〈1〉材料が自己のものであるので丁寧な扱いとなり、結果的に材料が節約され、〈2〉棚卸等をせずにすむので決算処理が簡便になる等の利便があるため、下請企業に対し材料を有償で支給することが普及していることが認められる。

また、事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする(所得税法二七条)とされており、企業会計原則は、その第一の二で「すべての取引につき正確な会計帳簿を作成しなければならない。」(正規簿記の原則)、その第二のBで「費用及び収益は、総額によって記載することを原則とし、費用の項目と収益の項目とを直接に相殺することによってその全部又は一部を損益計算書から除去してはならない。」(総額主義)としているから、原材料を有償支給にした場合には、たとえ利益を生み出す取引でなくても、その取引金額は総収入に含まれるというべきである。なお、青色申告決算書においては「売上金額」欄に一括して表示され、買い戻した材料は「売上原価」のうちの「仕入金額」欄に表示されることとなる。

したがって、「仕入金額」があるとの通達により業者が抽出されれば、外注先に原材料を有償で支給している業者は当然に抽出され、材料の有償支給分は売上金額の中に含まれていることとなるから、本件の福塚及び阪本に対する有償支給額を推計の基礎となる売上金額に含ませることは合理的であると考えられる。

2  同業者比率の合理性について

(一) 原告は、別表6の東大阪Bの所得率が約一二から一四パーセントであって、他の比準同業者と比較して極めて高いことを理由として、本件の同業者比率法による推計課税は合理性を欠くと主張している。

同業者の平均値による推計の場合には、同業者に通常存在する程度の業態の差異は右平均値の中に捨象し得るものであるが、極端に偏差のある同業者が含まれている場合には、当該同業者はその平均値の中には捨象し得ない何らかの特殊事情があると推認することができ、原告と業態が類似すると認めることには疑問があるというべきである。

そこで、別表6記載の東大阪Bの所得率につき検討する。

(二) 右東大阪Bの所得率は、次に所得率が高い業者の、昭和六〇年分につき約一・四倍、昭和六一年分につき約一・六倍、昭和六二年につき約一・九倍であり、二倍未満であるから、極端に偏差があるとまでいい難い。ところで、証拠上、原告の売上金額は被告主張額の二億一七〇〇万円から二億七一〇〇万円ほどで捕捉漏れは見当たらないところ、乙三二ないし三四、検乙一の1、2、二の1、2、原告の供述によれば、原告は、昭和五九年四月に自宅を請負代金約一億円で、昭和六二年八月に工場を請負代金約六八〇〇万円で各新築する請負契約を締結し、昭和六〇年から昭和六二年の間においても、現金のほかに建築資金として金融機関から相当額を借入れて請負代金の弁済に充て、金融機関に対し、月々かなりの金額の返済をしていることが認められるから、原告の所得率は相当に高いことが推認できる。したがって、右東大阪Bの業者が原告の業態と異なって、著しく所得率が高いものとは認めることができない。

(三) そして、乙九ないし一七、証人石井真一郎の証言によれば、別表6に記載された五つの業者は、〈1〉材料を仕入れて、射出成型機を所有してプラスチック成型加工業を営んでおり、〈2〉原告の近隣(奈良、葛城、桜井、吉野、粉河、堺、富田林、東大阪及び八尾税務署管内)に事業所を有し、〈3〉その売上金額が原告のそれのほぼ〇・五倍から二倍以内である青色申告の個人納税業者を無作為かつ機械的に抽出したものであることが認められる。

したがって、本件推計における同業者の抽出は合理性を有するものと認められる。

3  特別経費について

原告は、事業のための射出形成機、車両等の減価償却費につき特別経費とすべきであると主張するが、乙一ないし九によれば、原告が主張する項目は一般経費に含めて処理されており、算出所得金額を算定する際に考慮されていることが認められるから、その主張は失当である。

第四結論

以上の次第であるから、その余の点を判断するまでもなく、原告の本件各係争年分の所得金額は被告の主張どおりと認められ、右金額はいずれも本件各更正及び再更正における所得金額を上回っており、本件各更正、再更正及び各過少申告加算税賦課決定はいずれも適法であるから、主文のとおり原告の請求をいずれも棄却することとする。

(裁判長裁判官 前川鉄郎 裁判官 井上哲男 裁判官 近田正晴)

別表1

課税の経緯

〈省略〉

別表2

更正処分における税額計算明細表

〈省略〉

別表3

更正処分における過少申告加算税の計算表

〈省略〉

別表4

請求人主張額

〈省略〉

別表5

売上金額明細表

〈省略〉

別表6

同業者の算出所得率等一覧表

〈省略〉

別表7

原告の事業所得の金額の計算

〈省略〉

別表8

売上金額明細表

〈省略〉

別表9

資産負債増減法による事業所得金額の計算

〈省略〉

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